フィギュアスケート男子の鍵山優真選手は、2026年ミラノ・コルティナ五輪で日本男子シングルのエースとして金メダル獲得が期待されています。
日本フィギュア界では宇野昌磨選手の引退後、トップの座を担う存在です。
今回は、鍵山優真選手がスケートを始めたきっかけやコーチを担う父親の影響など、原点となるエピソードを交え紹介します。

日本男子シングルのエースとして期待される鍵山優真選手が
これまで歩んできた道のりを探っていきましょう!!
ミラノ五輪で注目される鍵山優真とは
"イタリアンスタイル"の冬季オリンピック、今日から一部の競技がスタートします➡️
— オリンピック (@gorin) February 3, 2026
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ミラノ五輪で期待される理由
鍵山優真選手は全日本選手権で優勝したことでミラノ五輪日本代表に内定しました。
北京五輪銀メダルに続き、2大会連続出場を決めています。
今季の安定感が高く、GPファイナル2位、NHK杯・フィンランド大会優勝など主要大会で上位を維持し、フリーで新たに4回転フリップを投入するなど高得点300点台を狙っています。
自己ベスト310.05点(北京五輪)を更新するポテンシャルと、コーチのカロリーナ・コストナーから学んだ美しいスケート表現力が、世界王者イリア・マリニンらライバルに勝つ鍵と見なされています。
日本フィギュア界での立ち位置
宇野昌磨選手の引退後、鍵山優真選手は日本男子シングルのエースとして位置づけられ、世界選手権3位・銀メダル3回の実績で強化選手トップに君臨しています。
全日本選手権で2024年・2025年連覇を果たし、四大陸選手権優勝など国内唯一の安定したメダル獲得者として、後進の育成や日本代表の精神的支柱を担っています。
父・鍵山正和コーチとの親子タッグや中京大所属による若手リーダー役が、日本フィギュアの次世代を象徴する存在として評価されています。
鍵山優真選手がスケートを始めたきっかけ
父・鍵山正和の存在が原点だった
鍵山優真選手の父・正和コーチは元フィギュアスケートのオリンピック選手です。
1992年アルベールビル冬季オリンピックと1994年リレハンメル冬季オリンピックの男子シングルで日本代表として連続出場を果たしました。
鍵山優真選手は父親が元オリンピック選手であり、リンク勤務だったため、日常的に氷に触れる環境にありました。
初めてスケートリンクに立ったのは何歳?
鍵山優真選手が5歳の頃、父・正和コーチの仕事の都合で富山スケートセンターを訪れ、氷の上に座ってカリカリになった氷をかじったり滑ったりする遊びから自然とスケートに興味を持ち、本格的に始めたとされています。
本格的に選手を目指すようになった転機
鍵山優真選手が「本格的に選手を目指そう」と意識し始めた大きな転機は、中学生の頃に全国レベルでの自分の立ち位置を自覚したことと、ジュニアグランプリシリーズへの出場経験です。
全国大会でなかなか表彰台に立てず、「戦うと自分のレベルの低さが分かる」経験を重ねる中で、もっと強くなりたいという意識が強まり、競技者としての目標設定をするようになりました。
スケートを始めた当時の鍵山優真の性格や様子
鍵山優真選手は、幼少期から感情を素直に表に出すタイプで、ミスや悔しさを感じると涙がこぼれてしまうことも多かったといいます。
試合後に父と向き合う時間では、言葉にできない思いがあふれ、泣き尽くすまで感情を吐き出すこともありました。
もともと慎重で後ろ向きに考えやすい性格のため、新技である4回転フリップの導入も焦らず、完成度を見極めながら段階的に取り組んできました。
練習では体幹や下半身を徹底的に鍛え、氷上では重心を意識した反復練習を重ねています。
また、他人と比べるのではなく「自分に勝つ」ことを大切にし、苦手意識を持たない姿勢で精神面も強化してきました。
厳しくも深い愛情で支える父・正和コーチとの信頼関係が、鍵山優真選手の成長を支える大きな原動力となっています。
挫折や苦労をどう乗り越えてきたのか
鍵山優真選手のジュニア時代は、決して順風満帆とは言えないものでした。
小学生の頃は長野・軽井沢を拠点に練習していましたが、同世代に切磋琢磨できるライバルが少なく、全国大会では一度も表彰台に届きませんでした。
中学生になると佐藤駿選手をはじめとする強豪と競い合う中で、自身の実力不足を痛感し、中学2年頃には成長が止まったように感じる苦しい時期も経験しています。
さらに父・正和コーチが入院する出来事も重なり、精神的に追い込まれながら一人で練習に向き合う日々が続きました。
それでも「焦らず積み重ねるしかない」という信念のもと基礎を大切にし、楽しさを見失わずに努力を継続。
ライバルの存在と父の支えを力に、全日本ジュニア初優勝を果たし、大きな自信へとつなげていきました。
ミラノ五輪につながる“原点”としてのスケートとの出会い
鍵山優真選手がスケートを始めた原点は、5歳の頃に父の職場リンクで無邪気に氷と触れ合った時間でした。
遊び感覚で氷に親しんだ経験が、結果や評価に縛られない「楽しむ心」を育て、のちの厳格な基礎練習を受け止める土台となります。
ジュニア時代の苦戦期も、滑る喜びを忘れず地道に続けた姿勢が、逆境に折れない精神力を養いました。
遊びから芽生えた感覚は表現力へと昇華し、丁寧な基礎練習と慎重な性格がジャンプの安定感を支えています。
父・正和コーチと築いたスケートの美しさを武器に、ミラノ五輪では完成度の高い演技で頂点を狙う姿が期待されます。
まとめ
鍵山優真選手のスケート人生は、幼少期に氷と自然に触れ合った経験と、結果が出ない時期にも歩みを止めなかった地道な努力によって形作られてきました。
泣き虫で慎重派という性格は弱さではなく、基礎を大切にし、安定感を追求する強みへと変わっています。
父・正和さんとの厳しくも深い信頼関係の中で培われたスケーティング技術と精神力は、世界トップレベルの完成度を誇ります。
これまでの積み重ねすべてが、ミラノオリンピックという大舞台につながっており、鍵山優真選手がどんな進化した演技を見せてくれるのか楽しみですね^^
それでは最後までお読みいただきありがとうございました。
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